【進二の日記〜ようこそ京都へ】 京都は歴史の街で毎週京都市の人口に数倍する観光客が訪れます。 公家や自社が多く、中世以降割拠的な政治史を歩んできた街であるため、たくさんの珍しい苗字があり、また「鈴木」とか「佐藤」とかいった特定苗字への偏重が少ないのも特徴です。 そのなかで中坊氏という名前がありますが、中世から戦国期にかけて大和で栄えた筒井氏の被官として歴史に登場します。 中坊公平に聞く 勘、人気、人生、そして少しだけ司法改革 インタビュアー 斎藤浩 中坊公平さんは森永中毒事件被害者弁護団長、日本弁護士連合会会長、豊田商事破産管財人、住専管理機構(現RCC)初代社長、警察刷新会議委員、司法制度改革審議会委員など多くの要職を歴任している。近著の「金ではなく鉄として」(岩波書店)をはじめ、数多くの著書、テレビ出演、講演録がある。本誌は、それら数多くの情報にあまり取り上げられていない話題をうかがうことにした。 本誌一二号(一九八八年)で森永事件を語っていただいて以来、一四年ぶりの再登場である。一九二九年生まれ。 考えてそれを忘れて埋蔵しておけば、いつかパーっと勘になって噴出する ―中坊さんは新幹線の中でもしゃべるか、読むか、書くか、ジーッと考えていて、全然寝ませんがどうしてですか。 やはり考えてますかね。 日本人はHow文化でいけません。Why文化にならねば。ぼくは何でかなといつも考えますね。考えついたこともすぐ忘れるけど、地下に沈殿してるんですわ。沈殿したものが、ある時噴水のようにバーッと勘となって出てくる。 考えるのにいちばんいいのはトイレ入ってる時とか、めし食ってる時とか。夜なんか考えたらいけまへんで。夜はぜったいにあきまへん。メモもあきまへんで。メモしたら勘になりまへん。自分の地下に流し込んでしもて、埋蔵しとかなあきまへん。メモはやましい心や。何かに利用したろとかね。 世の中、先は見えないのです。しかし時は人を待たないというのだけは確か。先が見えず、しかも時は待ってくれないのに、我々は右左何らかの判断をしないかん。その時自分の羅針盤は勘だけです。大事なことを人に頼ったら絶対あきまへん。